「ん~、知らない人は今まで損してたってこと?」 はい、今まで普通に利用していた人は損してます。   …

石田芳夫はなぜ突然勝てなくなったか

1オールドファン2007-06-09 02:13:29

若いころ強かった。それも20代まで

30すぎて勝てなくなったのはなぜ?

弱くなるわけないだろうに

322名無し名人2010-01-30 03:19:33

>>1

そしてまたなぜ突然強くなってきたのか

47名無し名人2007-07-05 23:33:58

どうでもいいことだが、石田の本で自分が書いたものは一冊もない。

48名無し名人2007-07-06 05:39:40

>>47

>>47

>>47

負けた日に負けを叩かず、

囲碁ファンに失笑される捏造ネタをあえてでっち上げて石田を叩く

お前のセンスを疑った方がいいぞ。

49名無し名人2007-07-06 11:30:21

碁のトップが自分で本を書くと思うのはただのお人よし。他の業界でも同じだが。

51名無し名人2007-07-06 11:54:24

>>49

そういうこと言うのは囲碁書籍を読んでいない何よりの証なんだよ。

石田芳夫と王メイエンは本人の執筆している割合が極めて高いのは定説。

切り口からして、他の棋士の著著とはまったく違うから。

内容・文体もオリジナリティがはっきりと認められる。

読めば一発でわかる代物。

よりによってそんな石田をあえて著書で叩くwのは、

石田の著作の評価が高いのが気に入らない、

石田の評価を貶めたいからだろう、と逆に推測が成り立つ。

だから>>48でも「囲碁ファンに失笑される」とちゃんと書いてあげたのに。

67名無し名人2008-05-10 17:27:07

昭和50年(1975年)、フルセットで名人位を失ったね。大竹英雄が初めて二日制七番勝負に登場したシリーズ。

あの時が何か分岐点だったような気がする。翌年、リーグ優勝し、リターンマッチを挑んだが、スコアは4-1。最初に

三連敗していたな。そのころ主催が読売から朝日に移管し、テレビ朝日が、深夜に速報解説していた。白番で両三三で

負かされ0−3にされたような曖昧な記憶がある。なんか、元気なさそうだったよ。変な印象だった。

解説ボードの碁石しか見ていなのに伝わってくるんだよ。

その前後だったか、「棋道」ではありえないので「囲碁クラブ」だろうと思うんだが、ソースは確認できないが、石田に

関する趙治勳のコメントで「もっとタイトルを奪われてていくよ」みたいな予言者風コメントがあったような記憶がある。

生意気なことを言うやつだなと思ってたら本因坊も失い、無冠になったっけ。本因坊は武宮にだった。今、思えば、趙治勳は、

弟弟子として身近に見て何かを感じ取ってていたのかな。

おれの推測だが、そのころ木谷一門の中で突出していた。石田の中では或る種、”勝負付け”は終わっていたのか?苦労して

いる姿を見てきたライヴァルたちに闘志が湧きにくかったのかも知れない。急速に失われていったのはモチベーションだった

のかもしれない。

長々昔話、申し訳ない。

76名無し名人2008-05-14 21:53:36

>>67

結局、チクンや加藤正夫のようなタイプが長くタイトル争いを続けていったわけだ。

棋風とか才能だけじゃなく、囲碁に対する取り組み方とか情熱だよな。

73名無し名人2008-05-13 21:38:54

>>72

まあ加藤との挑戦手合いは、本来第6局が負け碁だったからおあいこと取ることもできる。

坂田とは負け碁を2回拾って24世本因坊になったから、その意味ではツイてた。

そのツケが名人戦挑戦手合いで大竹に奪取されたのかもな。

78名無し名人2008-05-19 19:24:03

>>76

加藤正夫九段に関してはもう気の毒としか言えないね。理事長にさえならなければ

今もお元気にしておられただろうに。

昭和50年ころ出版された筑摩書房の「日本囲碁体系」全集の解説陣を見ると、第

一回目の配本の本因坊道策の解説者は呉清源。坂田栄男は本因坊道知。丈和は藤沢

秀行。加藤正夫は察元、烈元、因淑(井上)。杉内雅男が秀和。で、芳夫は?と、

見ると秀策。いいとことってるね。企画の段階では本因坊四連覇、名人奪取の大二冠

ホールダーだったから当然かも。他には橋本宇太郎が幻庵因碩。当時の芳夫への高い

評価がこれでよくわかる気がするね。大手合と御城碁の不敗神話が重なっている。

83名無し名人2008-05-26 23:19:08

秀行先生の王座獲得が64歳だから前例がない訳ではない。

それにしても秀行先生の偉大さがいまさらながらよく

わかる。今の芳夫と比べてもやっぱりすごい!

156名無し名人2008-08-08 19:41:22

最後まで相手が負けている気がしなくて並べてみたら

半目負かされているなんていう勝ち方はかっこいい!

160名無し名人2008-08-13 07:12:24

囲碁のプロ棋士の全盛期は30歳〜40歳だよ。

石田芳夫が棋聖戦で藤沢秀行と打った時には丁度40歳位で勝てなくなる時期だったんだよ。

依田紀元も40歳で名人から滑り落ちた。

10年間位日本一を争って居れば十分だよ。

173名無し名人2008-08-15 09:22:14

石田先生が勝てなくなったのは、名人戦騒動に巻き込まれたのが

大きいんじゃないの。

180名無し名人2008-08-17 20:33:50

>>160

棋聖戦で秀行に挑戦したのはまだ30過ぎの時。

>>173

それは関係ない。あるとしたら大竹の方に影響するだろう。

まあ大竹から名人取られて滑り落ちたけどな。

182名無し名人2008-08-17 21:54:08

>>173

「それは関係ない。あるとしたら大竹の方に影響するだろう。」

おまえ、いい加減なこと言うなよ。大いに関係ありだよ。

「棋士の勲章」(江崎誠致著、筑摩書房。1983年)の11〜

14ページを読んでみろ。

228名無し名人2008-08-29 23:01:00

俺的には、だれか>>182の「棋士の勲章」での出来事をきちんと書いて

石田秀芳の没落の理由を教えて欲しいんだが…

1861822008-08-19 00:49:40

>>184

抜粋や要約では原文の迫力が伝わらないので、図書館ででも

借りて読んでほしい。名人戦騒動が石田の没落にいかに関係

しているかが説得力ある筆致で書いてある。

それを読むといかに >>180  が知ったか振りでいい加減なことを

言っているかがよくわかる。

190名無し名人2008-08-19 20:03:21

>>186

つーか、同じ名人戦でも中原の方は没落してなくて

石田の方が没落する理由が分かんないんだが。

そんなに読売ってあくどかったのか?

192名無し名人2008-08-26 00:05:43

>>186

大竹に名人を取られる前の、本因坊戦挑戦手合いでも坂田に挑戦受けてヨレヨレ

だったけどな。

本来なら1勝4敗で本因坊失冠しておかしくなかった。24世本因坊も運だけの話で

翌年武宮から挑戦を受けほぼワンサイドで本因坊も失冠。

名人本因坊時代も最強棋士のイメージを感じなかった。だからその本に名人戦問題

が影響してたと言っても所詮芳夫の言い訳に過ぎない。

芳夫がタイトル奪ったのはほぼ林海峯からで、全盛期の林海峯にとって芳夫は天敵

だったが、それ以外でほぼ同時期に活躍した大竹・加藤・武宮や光一・治勲との

対戦成績は良くないだろう。坂田や秀行にも決して相性が良かったわけでもない。

なので林海峯の天敵以外ではただの腑抜け棋士。

191名無し名人2008-08-21 04:57:19

>190

過去形でなく現在進行形と思われ。

ま、大手の新聞社なんて似たり寄った(Ry

195名無し名人2008-08-26 09:18:44

>>192

おまえ、>>180 か? 懲りないやつだな。

もうおまえの戯言は十分だよ。

202名無し名人2008-08-27 12:43:33

>>192-200

石田を天敵にしてた林海峰は、タイトルを奪われた後も還暦まで第一線で

長らく活躍していて、名人・本因坊にも復位している。また天元5期就位で

名誉天元も獲得した。

他にも挑戦手合い登場、タイトル獲得があり、59歳で名人に挑戦している。

そして棋聖を除きグランドスラム。さすがにもう今はおつかれさんで、林が

棋聖を取るのは無理だろうが。

それに比べ石田は本因坊を取られてからほぼダメダメだろう。公式タイトル

も天元と王座一期づつといくつかの早碁の優勝程度。カモにしてた林海峰と

雲泥の差でないか!

196名無し名人2008-08-26 21:41:00

>>195は石田芳夫本人?図星突かれていじけてるの?史上最弱の名人本因坊でww

197名無し名人2008-08-27 01:33:27

>>196

芳夫先生がカキコすることはありえんが、

このスレの住人は、芳夫先生とレスのやり

取りができたら狂喜する香具師ばかりだよ

208名無し名人2008-08-27 20:58:25

>>202

石田芳夫も33期本因坊戦で加藤本因坊に挑戦した時は惜しかったけどな。

1勝3敗からタイに持ち込んで最終局も石田の方が優勢だったのを詰めを誤って敗退。

まあ30期の坂田から防衛したツケがそこに出た感じがする。

>>207

大タイトルを取るぐらいだから>>199は強さを否定してるとも思えない。一生タイトル

に縁のない棋士の方が圧倒的に多いし、何といっても一世を風靡した棋士だから。

ただ他のタイトルホルダーと比較すると石田の全盛期は物足らないのはある。

全盛期にウイスキーのCMで共演した故上村邦夫九段は、その時に石田の全盛期は

短期で終わりそうな雰囲気を感じてたそうだ。

棋聖戦手合い前は上記加藤本因坊との激闘からそれほど経ってないから、まだ力の

衰えは感じず秀行も警戒してただろうね。

しかし昭和50年代半ばに名人・本因坊リーグを相次いで陥落してからはもう衰退コース。

229182=1952008-08-29 23:28:12

>>228

おれとしては、>>186 に書いたように要約や抜粋でなく、原文全文を

読んでほしいのだが。著作権法に抵触しないのなら、ここに何回かに

分けて4ページ弱に当たる該当部分を書き込んでもよいのだが・・・。

237名無し名人2008-08-30 10:59:02

坂田は元々精神的にもろいと思う。

そうでなきゃもっと若い内からいっぱいタイトルとってたはずだよ。

名人も本因坊も失冠したあと一度もとれてないし。

251名無し名人2008-08-30 21:51:12

>>237

それは芳夫も同様に思うけど。

244名無し名人2008-08-30 13:33:09

なんか勘違いしてる奴が多くね?

「石田芳夫は強いか弱いか?」を議論するスレじゃなくて、

石田芳夫が弱いのは分かりきった上で、「なぜ弱くなったか?」を話すためのスレッドなんだが・・・。

ひょっとして淡路とか山城あたりの、どっからどう見てもランク外の棋士の信者どもが荒らしに来てるのかね?

248182=1952008-08-30 18:02:52

>>244

あんたの言っていることが正論だな。おれも「なぜ勝てなくなったのか」と

いうことにずっと関心があり、まともな議論が続いていた170あたりまでは、

このスレを興味深く見ていた。ただ、名人戦騒動に触れた書き込みがなかった

ので、>>173で問題提起したわけだ。

おれの考えていることを簡単に記しておく。

①石田の全盛期は本因坊戦5連覇の1971年〜75年で、それ以降は

急速に凋落した。強弱についてはいろいろな見方があるだろうが、

とにかく勝っていたのは事実だ。(星野仙一ではないが「強い者が

勝つのではなく、勝った者が強いのだ。」とおれは思っている。)

②凋落の原因はひとつではなく、複合的なものだと考えるが、とりあえず

思いつくのは次の通り。

・名人戦騒動に巻き込まれ、調子が狂った。

・精神的に淡白というか、悟り切っているというか、あまり

熱くない性格が災いした。

・「遊び」に憂き身をやつし、碁一筋の生活をおくらなかった。

他に、彼の碁の特質も関係していると思うが、正直なところ

おれにはよく分からない。説得力あるご意見を頂ければ幸いに思う。

③凋落の原因におそらく正解というものはないと考える。各人が仮説を

立て、後はいかに説得力ある議論をするかにかかっていると思う。

その説得力の基になるのは「事実」と「筋の通った論理」であり、

単なる思い込みや根拠のない暴論ではなかろう。

250名無し名人2008-08-30 20:57:02

あの治勲が>>6なんて言うくらいだからな。

まだ全盛期ではないが、すでにいっぱしになってた時期だし・・・

297名無し名人2009-03-03 07:17:54

普通なら実利派がカモにする筈の勢力派(武宮秀行)・厚み派(加藤大竹)に何故か弱かったからかな

むしろ対実利派とは良い勝負してるよね、やはり得意のヨセ勝負に持ち込み易かったからだろうか?

345名無し名人2010-07-29 06:40:52

くだらない規制する暇があったら、寄席を省略せずきちんと開設させるよう

NHKのノータリンどもに説教しておけ。

346名無し名人2010-07-29 08:25:18

>>345は誰に言ってるのだろう・・・・・

347名無し名人2010-07-31 13:32:23

>>346

座布団一枚!(笑)

369名無し名人2011-03-08 15:39:18

小生は中日新聞を読んでいるから、秀芳は天元戦の

リーグに復活して欲しい。

あと、雑誌の企画で女流の謝さんと置き碁を打って欲しい。

謝の置き碁12番勝負みたいな企画でいいよ。

プロとプロの置き碁はもっと棋譜がなきゃいけないよね。

372名無し名人2011-03-10 20:01:11

>>369

天元戦はいつからリーグ戦になったの?

376名無し名人2011-03-20 23:21:14

>>372

リーグじゃないんだ…。

一番強かった頃が部屋住みの頃なのだから、

独立してからは勉強量が減ったのでしょうね…。

377名無し名人2011-03-21 11:52:30

>>376

ちなみに碁聖戦ならリーグだったこともある

402名無し名人2011-04-03 02:43:22

俺が勝てない4つの理由

マイコムから発売予定

405名無し名人2011-04-03 22:22:29

>>402

わろたw

421名無し名人2011-04-12 10:37:55

石田、武宮、加藤・・・

結局この三人は誰が強かったの?

423名無し名人2011-04-12 20:04:45

>>421

加藤正夫でしょ。石田と武宮は甲乙つけ難い。タイトル数全く同じだし。

名人本因坊、5連覇で二十四世の石田と、国際戦男、加藤、小林、趙台頭後も活躍した武宮

解釈分かれるだろうから結局好みの問題じゃない?

435名無し名人2011-04-13 22:30:47

>>423-425

でも第33期本因坊戦挑戦手合いは、当時本因坊の加藤をギリギリまで追い詰めたけど、

そこで奪還すれば石田最強だったろうな。

最終局も石田優勢で進んでたけど、1手バッタリの失着で好局がフイに・・

まあ第30期の防衛戦で9割方奪取されてた筈が、坂田のポカで5期連続防衛。

その時のバチが続く名人戦は大竹に献上と、加藤の挑戦で奪還できずなのかも。

439名無し名人2011-04-14 02:14:38

コンピューターの名付け親は呉清源

442名無し名人2011-04-14 19:53:41

>>439

ほほぅ…。

507名無し名人2014-03-19 14:14:05

NHK杯の結城vs首藤戦の解説も良かったよね。

まさに明快で的確。

あれ見てると彼らよりはっきり1ランク上に見える。

でも実際に彼らと対局したら恐らく分が悪いんだよね。

体力というか脳の持久力の問題なんだろうね。

508名無し名人2014-03-24 00:27:08

棋戦優勝者選手権戦を観戦して来たが相変わらず石田の解説は見事だった。

井山vs許家元では中盤早々の許の打ち過ぎを指摘し井山の勝ちを早々と宣言。

結城vs山下では両者の疑問手を即座に指摘。

その後助けたら駄目と言った石を結城が担ぎ出しそのまま敗勢へ。

決勝の井山vs山下ではさすがにトップ2の対決とあって判定は大ヨセまでなかった。

でも局後に山下が敗着と述べた押しは直ちに異筋と指摘していた。

しかし彼らと対局したら勝てないんだろうな。

石田の芸は衰えていないが>>507の言う脳の持久力が衰えて持たないんだと思う。

525名無し名人2014-03-29 15:11:09

駄目な解説者は明言を避けていい勝負とか難しいを繰り返す。

いい解説者の条件は先ずは早見えで形勢判断が確かなこと。

そして視聴者が何を求めているのか察してはっきりと的確にコメントする事。

1に石田芳夫、2に小林覚ってとこだろう。

527名無し名人2014-03-30 07:05:48

>>525

まぁたしかにそうなんだけどさ・・・・・・

本当に対局者よりもその対局の本質が見えてるのかというと少々疑問だよね。

だってプロ同士の対局って手探りで先の見えない戦いを延々とやってるわけだろ?

528名無し名人2014-03-30 13:03:35

>>527

3大棋戦の幽玄の間での中継なんか見てると確かにその通りだよね。

でもNHK杯や竜星戦や女流棋聖戦のような早碁ではそうでもないと思う。

石田や小林の解説なら対局者より見えてるケースの方が多そう。

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